人気ブログランキング | 話題のタグを見る

美しく老いるための処方箋


by yupa_nausica
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

Shed tears of gratitude

Shed tears of gratitude_f0026726_21572998.jpg
数日前であった。花を組んでいる時にテレビからある歌声が聞こえて来た。
唄うは永六輔の声であった。ふと耳を傾けると…。「ん?」「ほんとに?」
まさかあの詩が歌になっているとは思いもしなかったのである。

好んで良く足を向ける中華そば屋がある。少し開ければ豆腐で有名な店である。
ある日、勘定を済ませ用足しにトイレに行くと目の前にした一枚の張り紙があった。「なんだこりゃ?」と文字を読み続けると…。感銘した!実はこの張り紙の前で涙したのであった。

扉を開け…「女将サン!あの詩誰の?」そう一編の詩が書かれていたのでる。

「あぁあれですか?あれ永六輔サンのお父さんの詩だそうですよ!」「泣いてらっしゃるんですか?良い詩ですよねぇ!」

ちょうどその頃東京で花を始め出した頃で…いたく花の有難さに感謝している時でもあったからか客の面前で大泣きしたのである。

それ以来とても気になっていて、行く度にトイレに入って書き写していた程である。そんな中、テレビから聞こえて来た曲があの詩を歌っていたのである。思わずテレビに釘付け状態になった。

モノの善し悪しや上下関係や力の世界でしか生きて来なかった。振り返れば自分自分で肩肘張って来た。そんな自分が一本の花に教えられ、それまでの事業を人に譲って一人になって花と生きている。そんなとき「これだよね!」と思わせてくれた詩なのであった。

恐れ多いがここにその詩を紹介させて頂こう!

生きるということは誰かに借りをつくること…
生きていくということはその借りを返していくこと…
誰かに借りたら誰かに返そう…
誰かにそうしてもらったように誰かにそうしてあげよう…
生きていくということは誰かと手をつなぐこと…
つないだ手のぬくもりを忘れないでいること…
めぐり会い愛し合いやがて分かれの日…
その時をくやまないよう今日 明日を生きよう…
人は一人では生きていけない…
誰も一人では生きていけない。
                永忠順

花よ感謝! そしてまた涙!    ……であるか?
# by yupa_nausica | 2006-05-07 21:59 | Life

Good looking

Good looking_f0026726_21435853.jpg「花の命は短くて…」耳にしたことがあると思う。女性の美しさを花に比喩しているのであるが…。

確かに短い。だがしかし、一般的に思っている以上に花もちは長くすることが出来る。確かに花を扱う者と比べればそれに関わっていられる時間は短く知識も少ないと思う。基本的には水の状態・温度湿度・明かりの問題・手入れなどがあると思うが…。肝心なのは経験と愛情である。

花でのことを想像してみよう!
まず始めに。「かわいい!」「きれい!」「すてき!」と感じて取り上げた一本の花が一番花もちが良くなる一本の選択方法である。そう思って止まない!
あとは愛情である。じぶんはミネラルウォーターを飲み花の水替えを怠ってはいないだろうか?誰だって一番風呂が気持ち良く感じるのは当然であろう…花も同じである。一日中デスクに向かっていれば昼休みに陽に浴びてみたい…夕方寒くなれば一枚のカーディガンでも羽織ろうものだが…?。一本の電話も無く「つまんない!」と思うくせにスッカリ花瓶の花を忘れてはいないであろうか?そう思うなら花と話してみれば良いのである。

以前、「自分ではなにも出来ない」というログを書かせて頂いた。実にそうなのである。だからして花は一生懸命咲いているではないか!君に気付いて欲しく少しでもきれいに咲いているのである。

「舐め回すように!」とは少々病的であるが…普段見ない側から見てみてもその表情は多彩である。自分としても分かっているようで初めて見せつけさせられる花の美しさに驚かされることは万度である。

これまた一般的な話として…気品のある花に百合が揚げられると思う。
気品さからのイメージとしてその環境の条件は厳しくも思われるであろうが…これが以外と環境の悪条件にも強い。(生産者や花屋での管理条件は大切であるが)
百合はきっと条件よりも愛情に重きを置いているのであろう…それだけに花を扱う者としては一連の管理だけでは済まされずに手を焼く花でもある。

しかるにお分かりの諸氏には「もっと咲いて頂きたい!」と申し述べたいのである。
咲いて頂くことでと愛情を注がれる…このリレーションは花でもしていることなのである。(注釈、充分に注がれておられていることは承知の助である。)

さも簡単なことである……であるか?
# by yupa_nausica | 2006-04-29 21:40 | Flower

Flower in bottom of my heart

Flower in bottom of my heart_f0026726_23135792.jpg
写真は我が心の花である…人生の師と崇めるはIulius Caesar(ユリウスカエサル)であるが、花となればこの人Jean Seberg(ジーンセバーグ)の他は無い。

映画「勝手にしやがれ」「悲しみよこんにちは」で有名である。

映画は大変好きである。イメージ先行型の自分は映画の1シーン1シーンを記憶に残し…糧としてきた。従って俳優達の情報は二の次。あまり知らないのである。タイトルさえ記憶に残さないものもある。しかし一瞬のシーンは確実に脳裏に焼き付いているのである。ロケーション、台詞、役者の演技、監督の演出、などなどである。

しかしこのJean Sebergだけは名前はもちろんのこと、この人物自体として映画の中全てに記憶しているのである。
このシーンは「勝手にしやがれ」でパリに留学中のアメリカ娘を演じるSebergであるが….
一瞬にして魅了された。そして未だにそのすべてを思い出せる。

当時も今も同時に同程度に「カッコいい!」「素敵!」「可愛い!」と感じるのである。そして男としてあまりにも単純ではあるが…ウキウキしてくるのである。

女性諸君には「男っていつまでも子供ねぇ!」と云われそうであるが…そう!…そうなのかも知れない! 丸みを帯びるどころか粉になりそうな老いぼれでも脳裏に焼き付け心の奥底に咲かせておける花があるということは…

……やはり子供か?ガキか?  …であるか。
# by yupa_nausica | 2006-04-28 23:14 | Life

Smell (Beauty of the flower)

Smell (Beauty of the flower)_f0026726_2393779.jpg大地に根を張り巡らし必死に水分養分を接種して生きている。よって日照りによって干ばつ化した土地から水の豊富な土地へも、水害から身を守るためその身を移動することは生を持った時から一切許されない!その根を足に例えれば大地に捕われている訳だし、腕と手に当たる枝や葉は、お日様からの恩恵を受ける自らの代謝をする為に一切動かすことは出来ない。

要は一切自分では身を動かせずに、なにも出来ないのが草花である。

そこで花を着け色を発色させ自分の好みの昆虫を刺激する。
そうして呼び寄せられた昆虫は花心に潜む蜜を貪り花の受粉を助けている。

受粉後実を設け今度は動物に栄養を分け与えそれより種子を他の地へ散在させる。

こうして草花は大事な自分たちの子孫の保存を自ら身を動かさない代わりに事を成し遂げているのである。

さらに、今ひとつの大きな要素が香りである。
我々人の世界にしても香りは最終文化と云われる。好しとされているそれの殆どが植物からのものである。

我々花を扱うものはこれの恩恵を沢山受けている。私は嗅覚にさほどの自身は無いと思っているが、ことこの花の香りには敏感と自負している。無臭の花を多いのであるが…強い香りを持つバラや百合などは、日によってその香り方が微妙に違うのに気が付く。それは花が気分良しとしている時とか…不健康で弱りかけている時とか………これは不思議なことなのであるが…ジェラシーを持っている時と感じることもあるのである。実際には香りが普段より強く思える。

さらにまた不思議なことにも気付くのである…。
「あの人には華がある!」と云う話はすると思う。
実は花にも感じるのである。同じ種類の花の中でも…違うのである。位と云うか…威厳と云うか…花々しさがあるものとないものがあるのである。
擦れば花にも分と云うものが存在することに繋がっていくようにも感じる。

私はそう感じれるようになった時から撮影にはその華を持った花を見つけ出すことから始めている。当然それに恵まれなかった花も愛らしいには違いないのであるが…。

話は堂々巡りになるが…人もまた同じなのであろうと思う…この世に生を受け生きているもの全てに課せられた運命を感じる。そして、そんな思えば不公平にも思える仕組みがこの世なのであろう…。
# by yupa_nausica | 2006-04-27 23:06 | Flower

Marguerite

Marguerite_f0026726_2313377.jpg先日、ちょっとした隙を見つけバイクでソロツーリングに出てみた。
行く先を見つけずに…バイクがたどり着いたのは伊豆下田。

天候は小雨、コースは一般的ではく…早崎からターンパイクにのり高速ワインディングを久々味わって来た。バイクでは目的はほとんど持たない!何故なら走りに徹するからでその他に余裕は無いのである。平日にも関わらず何人かのライダーを見かけた。
路面の悪条件を蹴散らし…そんな彼らをかいくぐるように疾走し引き離し先で一休み。マシンはまだ日本にそう入って来ていないものなので何人かのライダーに話しかけられた。「○○○ですか?流石早いですねぇ!」「初めて走りを見ました。」………などである。だが人生の妖怪はその口元の奇妙な動きを見逃さない!
「れれっ?親爺かよ!」「年寄りの冷や水かぶるなよっ!」

だがもう一つの声が確実に聞こえていたのである………。

一休みの際、写真のマーガレットを撮影中であったのである。恥
高速ライダーは真夏でもその身を露出できず革のレーシングスーツに包まれる。
そんな厳つい出で立ちで大のオッサンが小さなマーガレットを大地にひれ伏し…まるで水着のモデルにレンズを当てているカメラ兄ちゃんのように…。

「何だいっ?このオッサン?バッカじゃないっ?マシンが泣きまっせ?」と……
いわれていたのである…きっと。

無理も無い話である。だれだってシューマッハがF1止めて花の写真は撮るとも思えないであろう…(シューマッハと自分を置き換えることに無理はあるが)笑。

だが…見て頂きたい!この小さなマーガレットの花を…。思わずカメラを出さずにはいられなかったのである。雨雫を花弁にうけ、蜜を吸いに来てくれる昆虫も期待出来ないのに…幾何学化された花芯を綺麗に並べ可憐に咲いているのである。
無垢である。自分では何一つも出来ない花達こそ無垢の極みである。その無垢な一輪花が我を忘れさせ足を止めることが出来る唯一の生き物なのかも知れない…。
# by yupa_nausica | 2006-04-26 23:59 | Flower